営業よもやま話

コンサルティング会社の営業の話

私には今となっては感謝してもしきれない会社があります。

その密度の濃い社会人なりたて2年間のお話です。

<とんでもない会社に入ってしまった>

私は、外資系戦略コンサル会社への入社を夢見る大学院生でした。
当時英国の大学で学んでいたため、日本での就職活動期間がかなり限られていました。
私は短い期間に10社程度の外資系と日系のコンサル会社を受けましたが、1社を除き外資系コンサル会社は面接まで進むことができませんでした。
「こんな問題(ケーススタディ)をすらすら解ける同年代の人がいるんだ」と衝撃を受けました。
私はその世界を早々にあきらめ、ある日系コンサル会社「ビジネスコンサルタント」に縁あって入社することになりました。
ビジネスコンサルタント、通称BConは今でこそそうではないのかもしれませんが、よく調査をせず受験してしまったことを当時は後悔してしまうほど、強烈な会社でした。
1964年、日本のマネジメント教育に変革を、というスローガンのもと設立された人材育成・組織開発系コンサルティング会社の老舗です。
総勢500名、営業250名、コンサルタント200名、残りは本社と全国36ヶ所の支店の間接部門スタッフといった組織でしょうか。
競合で言いますと、大手だとリクルートマネジメントソリューションズ、日本能率協会マネジメントセンター(JMAM)、リンクアンドモチベーションといったところですが教育研修の会社は日本全国大小山ほどあります。
和気あいあいとしながらちょっぴり厳しい研修が終わり、私はその営業部門の横浜営業所に配属されました。
着任1週間で、私は事件を起こしてしまいました。

<営業主体の会社に入社したことを後悔>

この営業所は元々存在意義すら問われるほどの低業績営業所で、「こいつは多少骨がありそうだから鍛えてやれ」ということで配属されたことを後で知らされました。
当たり前ですが新人のうちはお客さんを持たせてもらえず、一から自分の足で開拓することになります。
4月のある日、交通の便の悪い工業団地で、飛込訪問をしていました。私は何を勘違いしたのか、タクシーを使って飛込訪問を数件してしまったのです。
「コンサルタント会社」というものはそういうものだと勝手に思い込み、こともあろうに、ターゲット先A社→B社→C社と全てタクシーで移動したため1日にものすごい交通費になってしまいました。営業所に帰って所長から「今すぐ帰れ」と激怒されました。
いくら社会人1年生でも少し考えればすぐ分かるだろうと言われそうですが、あの瞬間までは経済感覚がボケていました。
顧客は持たせてもらえないものの完全エリア担当制が敷かれていたので、先輩後輩関係なくなのでそんな思い上がりのあった自分は、「そもそも営業なんて一番したくなかった仕事なのに、どうしてこんな毎日飛込ばかりさせる会社に入ってしまったのか」と自分の選択を責めました。
しかし、入社すぐに辞めるわけにはいかない。とにかく毎日帝国データバンクを開き、与えられたエリアの企業に対し、「あ」から順にテレアポする毎日が始まりました。

<営業が好きになってしまう>

自分で社長や人事責任者の方にアポイントをとって1人で訪問する。
訪問したらBCon主催の公開講座やカスタマイズした階層別研修や人事制度構築コンサルテーションを売る。
どうしてもキーマンとつながらない会社には、一社ずつカスタマイズしたword作成の手紙を送り、それでも反応がない場合は突撃訪問する。
当たり前と言えば当たり前ですが、この一連の作業を愚直に2年間貫きました。
私が配属された横浜営業所には私含めた同期入社が3名いましたが、うち1名は5月には辞めてしまいました。
「コンサルティング」という名前は新人が話すには生意気な社名で、飛込訪問しても「お前なんかに何がわかる?」と訪問先で名刺を折られたり、会社案内を目の前で捨てられたり、1対1の商談中にお客さんに居眠りされたり、非定型の商材を売るというのは非常に骨の折れる仕事でした。しかしながら、産みの苦しみは後に何倍にもなって喜びに変わります。お客さんに自分の企画書がよくできていると褒められたり、大きな額の提案が通ったり、最初の1年とはうって変わって2年目は天職だとも思うようになっていました。

そして何よりの喜びは先輩の美味しそうなエリアに勝手に侵略して大きなビルに飛び込み訪問しキーマンと会って来ることでした。新人は顧客は持たせてもらえないものの完全エリア担当制が敷かれていたので、原則先輩後輩関係なくお互いのエリアには進出しないというルールがありました。当時私に悪意はなく先輩が攻めきれていない重要ターゲットをいち早く落とすことはチーム全体のためになることだと思い自主的に事務所への帰り道にそのビルに寄って上から下まで訪問するということを毎週行いました。すると最初は取り合ってくれなかったキーマンも、あまりのしつこさに会ってくれるんですね。最近はビルのセキュリティがだんだん厳しくなって来て、下手すると通報されてしまいますが、横浜だったからか、まだセーフでした。やはりお客様も機械ではないので、情に訴えることが営業の第一歩なんだと。

<優秀な上司に出会うことの大事さ>

私の上司である所長は当時32歳。いつもスリーピースを着ていました。私は当時26歳。そんなに年が離れているわけでもありませんが、私からするとあまりに仕事がスマートなため今の感覚でいう40代後半くらいの印象でした。とにかく企画書作りと成約までの1社あたりの成約額が桁外れに大きい全国営業所でもトップレベル、そんな優秀な上司と出会うことができたのもラッキーでした。彼の口癖が「量が質を生む」「企画書は担当者に夢を持たせるものでないと通らない」「営業は恋愛と同じ」でした。彼から一発で大きな仕事を決めてくる企画書のポイントを直に教わり私の企画書作りは磨かれていきました。聞けば、彼も新人時代は相当上司先輩から叩かれながら来たそうです。彼には今でも感謝しています。

<正しい管理統制型システムはソリッドな組織を作る>

会社自体が「人材育成・組織開発」が専門分野なわけですから、当然社員にもそういうアプローチで育成します。
BConには「LIFO」という1960年代のアメリカで開発された自己診断サーベイのライセンスがあり、これを新人から毎年受けることが行事になっています。
そもそも人間は長所や短所などなく、4つの窓の表裏の強弱をうまくコントロールすることでその長所は短所にもなり、短所は長所にもなるというという考えのもと、自己、他社の強みがわかることで対人関係が向上するため、その4つの窓を自分自身で一度認識してみよう、というテストです。そして、面白いことに、この結果が自分の置かれた環境や役職によって、経年変化するのです。正に地位が人間を成長させたり悪い作用をしたりする、ことを定量的に証明している会社なのです。
これは抜群に自己理解が進むサーベイでして、この結果を基に深くフィードバックされるので、本人はグーの音も出ないということになります。
このサーベイはたくさんあるツールのうちの一つに過ぎませんが、そのため、数字へのあくなき執着はあっても、理不尽な要求や指導がない、ある意味組織として非常に気持ちのいい統制がとれるのです。この後数社に勤務することになりますが、後にも先にもBConほど非公式のメンターがたくさんいる会社はありませんでした。

<BConから学んだこと>

前述のLIFOのみならず、「組織診断」や「属性診断」など幅広いツールを使って会社の組織としての健康度を図り、その対策をオリジナル研修をもって社員育成という形で実現する、というのがBConの得意とする組織開発です。
座学ももちろんありますが、多様なワークショップを通して、個人の行動変容を促します。
肩書がきかない宿泊型の研修に管理職の方が約1週間放り込まれ、あらゆる個人攻撃を受けたらどうなるか・・・。内容は詳しくご案内できませんが、エグイ研修が多いので会社に戻って「〇〇さん人が変わったみたい」とほとんどの方が言われるとか。BConの研修は強烈です。単なるお勉強ではなく、自己理解を促す研修なので効果は絶大です。1人当たり数十万もする高価な研修ですが、重要なポストにいて、どうしても変わってほしいと思われる管理職の方が送り込まれるため、幹部の方の期待も大きく、こういうニーズに答え続けてきたためここまで長く事業を続けてきているのだろうと思います。やはり会社は人でできている、という証です。BConはこのアプローチを社員全員に行いますし、共通言語として社内で特殊な言葉が日常的に利用されます。

この「会社の組織文化が変わっていく」一連の流れ、営業としてあるべき姿、ハイパフォーマンスを上げるための日々の仕事、窓口担当者の方の立場を完全に理解し、その方の上長の心を揺さぶり、さらには経営層に響く言葉をふんだんに盛り込んだ企画書作り、を徹底的に学べたことは私にとって何にも代えがたい宝物であり、このときの苦労や苦手意識を克服したという自信が今の私の礎になったことは間違いありません。たった2年間ではありましたが、密度の濃さは、他の大手企業さんに入社された方の倍以上だろうと思っています。

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2020/06/01
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